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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)2677号 判決 1984年7月26日

原告 川城清文

右訴訟代理人弁護士 松井清志

被告 ホクシン株式会社

右代表者代表取締役 清水幹雄

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 小松英宣

主文

一  被告ホクシン株式会社は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年四月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告清水幹雄に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告清水幹雄との間においては全部原告の負担とし、原告と被告ホクシン株式会社との間においては原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余を各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら双方)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告ホクシン株式会社(以下「被告会社」という。)は、貴金属の海外先物取引等を業とする会社であり、被告清水幹雄(以下「被告清水」という。)は、同会社の代表取締役である。

2  原告は、昭和五八年三月三日、被告会社外務員池田某(以下「池田某」という。)から勧誘を受け、電話により、被告会社に対し、金地金一枚(一〇〇トロイオンス)を、一トロイオンス当たりの約定単価四六九ドル、最終決済期限昭和五九年二月として香港商品取引所にて買付をなすよう指示をなし、被告会社は、これを受託した(以下「本件買付委託契約」という。)。

3  原告は、本件買付委託契約の際、池田某より、被告会社本店に来社するように言われ、同年同月五日、同本店を訪れたが、その際、担当の阿部宏常務取締役(以下「阿部常務」という。)より、すでに同年同月三日付で本件買付委託契約に基づく買付が実行されている旨告げられ、海外先物契約の契約書に署名捺印することを要求されたので、やむなく、同契約書に署名捺印し、もって、被告会社との間で、海外先物契約を締結し(以下「本件先物契約」という。)。

4  原告は、同年同月八日、被告会社からの請求を受け、同社に対し、本件買付委託契約に基づく委託証拠金として一〇〇万円を支払った(以下「本件証拠金」という。)。

5  ところで、本件買付委託契約は、本件先物契約締結の三日前に、被告会社の事業所外に居る原告の電話による注文によって締結されたものであるから、本件買付委託契約に基づく被告会社の買付は、海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律(以下「法」という。)八条一項、二項によって、被告会社の計算によってなされたものとみなされるとともに、本件買付委託契約自体当然無効となるものである。

6  また、本件先物契約及び本件買付委託契約は、前項並びに次の(ア)ないし(ウ)のとおり、一体として、法四条、五条一項、八条一項及び一〇条一号に違反した違法な契約であるから、公序良俗に違反し、民法九〇条により、無効というべきである。

(ア) 原告は、本件買付委託契約に先立ち、被告会社より、法四条所定の書面の交付を受けなかった。

(イ) 原告は、本件買付委託契約の際、池田某より、「金を買えば、必ず利益が上る。一か月おいたら、二〇ドルの利益がある。今、金が値下りしているから買えば儲かる。」などと言われてその取引の勧誘を受けたため、その旨信じ、本件買付委託の指示をなすに至ったものであり、池田某の右勧誘は、法一〇条一号に該当する違法な勧誘行為というべきである。

(ウ) 原告は、本件買付委託契約の際、池田某より、本件買付委託契約が、金の先物取引であり、値下りの危険があることや、値下り金額によっては追証拠金の納付が必要となることの説明を全く受けず、また、同人より、法四条及び五条一項所定の各書面の交付も受けなかったうえ、被告会社との間の海外先物契約の契約書の作成もなされなかった。

7  したがって、被告会社は、第5項または前項の事由により、即時に、原告に対し、本件証拠金を返還する義務を負うものである。

原告は、かかる無効な本件買付委託契約に基いて、被告会社に対し、前記第4項のとおり、本件証拠金一〇〇万円を支払わされ、よって、同額の損失を受けたものというべきである。

8  被告清水は、被告会社代表取締役として、被告会社従業員に対し、法八条一項に従い、被告会社が顧客から海外先物契約に基づく売買指示を事業所以外の場所で受託するについては、当該顧客との間で海外先物契約を締結した日から一四日を経過した日以後でなければならず、被告会社が右一四日を経過しないうちに顧客からの売買指示を事業所以外の場所で受託し、それに基いて委託証拠金の支払を受けるようなことがあってはならない旨及び被告会社が顧客との間で取引をなすについては、法四条、五条一項、八条一項及び一〇条一号の各規定を遵守しなければならず、被告会社が、右各規定に違反してなした公序良俗違反の無効な取引によって顧客から、委託証拠金の支払を受けることがあってはならない旨それぞれ指導、監督すべき任務を負っている。

9  被告清水は、池田某及び阿部常務に故意に指図し若しくは重大な過失により右の指導監督をなさずして、原告との間で、前記第2項、第3項及び第六項のとおり、法四条、五条一項、八条一項、及び一〇条一号の各規定に違反して、原告をして本件先物契約及び本件買付委託契約をなさしめた。

その結果、原告は、前記一〇〇万円を損失して同額の損害を受けた。

よって、原告は、被告会社に対しては不当利得返還請求権に基づき、被告清水に対しては商法二六六条の三第一項による損害賠償請求権に基づき、それぞれ一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による利息及び遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2の事実のうち、被告会社が、昭和五八年三月三日、原告より、金地金一枚(一〇〇トロイオンス)を代金四六九ドル、最終決済期限昭和五九年二月として、香港商品取引所にて買付をなすよう指示を受けて、これを受託したことは認めるが、その余は不知。

3  同3の事実のうち、原告が、同年同月五日に、被告会社本店を訪れ、その際、被告会社との間の本件先物契約の契約書に署名捺印したこと、及び、その際、阿部常務より、原告に対し、同年同月三日付で本件買付委託契約に基づく買付が実行されている旨告げたことは、認めるが、その余は、否認する。本件先物契約は、本件買付委託契約締結の際に、それと同時に、口頭で締結されたものである。

4  同4の事実は、認める。

5  同5の法律上の主張は、争う。

6  同6のうち、冒頭部分は、争う。(ア)は、明らかに争わない。(イ)のうち、事実は、否認し、法律上の主張は、争う。(ウ)のうち、被告会社が、本件買付委託契約の際、原告に対し、法四条及び五条一項所定の各書面を交付しなかったこと、及び、海外先物契約の契約書の作成をしなかったことは、明らかに争わないが、その余は、否認する。

7  同7及び8の各法律上の主張は、争う。

8  同9及び10のうち、事実は、否認し、法律上の主張は、争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告会社に対する請求関係

1  請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告が、昭和五八年三月三日、被告会社に対し、金地金一枚(一〇〇トロイオンス)を一トロイオンス当りの約定単価四六九ドル、最終決済期限昭和五九年二月として香港商品取引所にて買付をなすよう指示をなし、被告会社がこれを受託したことは、いずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、本件買付委託契約は、被告会社の事業所外にいる原告の電話による注文により、これを受けた被告会社の外務員池田某(以下「池田某」という。)との間で、締結されたことが認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

2  右事実によると、本件買付委託契約成立の段階で、原告から被告に対し、香港商品取引所における金地金一枚の買付指示(以下「本件買付指示」という。)がなされたことは明らかであるが、右買付指示の基礎となる海外先物取引契約の成立の時期について検討するに、原告が、昭和五八年三月五日に被告会社本店を訪れ、その際、被告会社との間の本件先物契約の契約書に署名捺印したこと及び、その際、被告会社の常務取締役阿部宏(以下「阿部常務」という。)より、原告に対し、同年同月三日付で本件買付委託契約に基づく買付が実行されている旨告げたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、次の(一)ないし(三)の各事実を認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠がない。

(一)  原告は、従前、商品取引や株式取引をしたことがなく、金の先物取引も本件が初めてであり、本件のような先物商品取引には全くの素人であって、その知識も持ちあわせていなかった者であるが、昭和五八年二月末ころ、池田某の訪問を受け、同人より、「今、金を買っておいたら儲かる。今が底値だ。」などと言って、専ら、金取引の利殖面での有利さを強調した取引の勧誘を受けたものの、その取引が、先物取引であり、値下りの危険のあることや、値下り金額によっては追証拠金の納付が必要となることなど、取引の具体的な仕組み及び内容の説明や法四条所定の書面の交付を受けなかった。

(二)  原告は、昭和五八年三月三日、池田某より、再度、電話によって金取引の勧誘を受け、そこで、池田某の勧誘に応じて、被告会社に対し、金地金一枚(一〇〇トロイオンス)を一トロイオンス当りの約定単価四六九ドル、最終決済期限昭和五九年二月として香港商品取引所にて買付をなしてくれるよう指示するとともに、そのための委託証拠金として一〇〇万円を支払うこと、及び、同年同月五日に被告会社本店に赴き契約書を作成することをそれぞれ約したが、その際も池田某は、原告に対し、「今、金の相場が下がっているから、今買うと儲る。一か月位おけば、二〇万円から三〇万円の利益が上がる。」などと言って、前同様、専ら、金取引の利殖面での有利さを強調して金取引を勧め、その取引の条件として前記約定内容を確認したのみで、それ以上に、取引の具体的な仕組み及び内容を説明せず、また、同月五日に作成すべき契約書の内容についても、具体的な条項の説明を全くしなかった。

(三)  原告は、昭和五八年三月五日、被告会社本店に赴き、同所で、阿部常務と面談したが、その際、同人より、同年同月三日付で本件買付委託契約に基づく買付が実行されている旨告げられるとともに、法四条所定の書面と目される「海外商品取引委託のしおり」と題する書面を交付されたうえ、法五条一項所定の書面と目される本件先物契約の契約条項を具体的に記載した契約書二通に署名捺印するよう要求されたので、その要求に従って同契約書に署名捺印するとともに、委託証拠金の一〇〇万円を同年同月一〇日までに支払うことを約した。

ところで、海外先物契約とは、海外商品市場における先物取引の受託等を内容とする契約であって、売付又は買付の別等の具体的な注文の内容について別に顧客の指示を受けるべき定めのあるものであり、その契約が成立したというためには、少なくとも、当該先物契約の目的となっている商品及びその対価の授受の方法、当該商品の転売又は買戻に伴う差金の授受の方法、保証金の種類及び価額並びに顧客が保証金を預託し、及びその返還を受ける方法など法五条一項の一ないし六号に規定する当該先物契約の基本的な事項についての合意がなされることを必要とするものと解されるので、右認定事実によれば、本件買付指示の基礎となる先物契約における右合意は、昭和五八年三月五日、本件先物契約の契約書を取交わすことによって初めてなされたものと認める外なく、他にこれを覆すに足る証拠はない。

3  したがって、原告の本件買付指示によりなした被告の買付けは、法八条一項の規定に違反するものというべきである。

4  ところで、法八条二項の規定は、同条一項の規定に違反して受けた顧客の売買指示に基いて海外商品取引業者(以下「業者」という。)がした売付け、若しくは買付け又はその注文を当該業者の計算によってなしたものとみなすとともに、その前提として、当該顧客の当該売買指示を当該業者が受託したことによって成立した個別の具体的な売付け又は買付けの委託契約自体を当然無効とする強行規定と解するのが相当であるから、本件買付指示にかかる本件買付委託契約は無効であり、したがって、本件買付委託契約に基いて被告会社に交付された保証金一〇〇万円(請求原因4の事実については当事者間に争いがない。)については、被告会社において、当然に、原告に対して返還する義務を負うに至ったものというべきである。

5  そうすると、原告の被告会社に対する請求は、理由がある。

二  被告清水に対する請求関係

1  請求原因1ないし4の各事実については、被告会社に対する請求関係における判示と同一であるから、これを引用する。

2  同9の故意による任務違反の主張事実については、本件全証拠によってもこれを認めることができない。

3  同9の重過失による被告清水の任務違背の有無について判断するに、《証拠省略》を総合して認められる被告会社の規模及び営業内容(被告会社は、昭和五五年一〇月二二日、顧客からの売付又は買付の委託を受けて、香港商品交易所にて、大豆、綿花、砂糖、金等の先物取引をなすことを目的として設立され、本件の取引当時、その役員としては、代表取締役として被告清水、常務取締役として阿部宏、取締役として君浦次二、監査役として石井利一、その他に会長として矢野某がそれぞれ就任しており、また、営業所としては、大阪本店の他に東京支店があったが、従業員は、大阪本店で二〇名程度、東京支店で一〇名程度であって、比較的小規模の会社であったこと)、被告清水の経歴及び被告会社における地位(被告清水は、昭和五五年一〇月二二日、被告会社を設立し、自ら代表取締役に就任して、以後、大阪本店で執務していたが、それ以前は、昭和四九年前後から昭和五五年九月末まで、国内の先物取引を業とする岡地株式会社大阪支店に勤務し、同支店で総務部長の役職にあって営業部門の管理職の地位にあったものであり、先物商品取引の取扱業務については、十分な知識と経験を有していたこと)、被告会社内における海外先物取引事務の処理状況(被告会社の機構としては、営業部門と業務部門が存在し、被告会社が、顧客との間で、海外先物契約を締結するについては、営業部門の担当者が、当該顧客に対し、海外商品取引委託のしおりと題する書面(法四条所定の書面)を交付するとともに、当該顧客との間で、海外先物契約の契約書(法五条一項所定の書面)を取交わす建前になっており、更に、顧客からの売付又は買付の具体的注文を受けるについても、被告会社の営業部門の担当者が、これを受けるが、その場合、営業部門の当該担当者は、当該顧客の注文の内容を記載した注文書二通を作成し、その注文書に当該顧客の署名捺印を得たうえで、その一通を法五条二項所定の書面として当該顧客に交付するが、もう一通は、営業部門から業務部門に回され、その注文書を回された業務部門においては、当該顧客の注文を右注文書で確認したうえで、香港における正会員取引業者に対し、テレックスで、右注文に従った注文依頼をなす建前になっていたものであり、その依頼を受けた取引業者は、直ちに、その注文を香港商品交易所にて実行し、その結果を折り返し、テレックスで、被告会社へ知らせてくる仕組みとなっていたこと)に併せて、前判示の被告会社が原告との間で締結した本件買付委託契約及び本件先物契約の処理状況を考えると、被告清水は、右判示の被告会社内における立場に徴し、本件買付指示についての極めて変則的な処理を知っていたか少なくとも容易に知り得た事情にあるとともに、かかる変則的な処理を容易に防止ないし是正できたのではないかと推測できるかのようである。

しかしながら、被告会社における金先物取引における業務の処理において、本件買付指示にみられる前判示の変則的処理が当時少なからずなされていたことを認めるべき証拠がないうえに、被告清水は、その本人尋問において、同報告が新法施行に伴い、その法の規制内容について、その施行前から、被告会社の従業員全員を対象に、社員教育を行って右規制内容を周知徹底し、とくに、法八条一項の規定については、毎週あるいは毎月一回程度、朝礼の際、会長であった矢野某が、従業員に説明し、指導していた旨供述しているところ、右供述の信憑性を一概に否定することも困難であるから、前判示の推測をそのまま維持することはできず、そうすると、右推測に依拠して同被告の過失を肯認することはできず、他に同被告の過失を認めるに足る証拠はない。

4  そうすると、原告の被告清水に対する請求は、理由がない。

三  結論

よって、原告の被告会社に対する請求を認容し、被告清水に対する請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官 宮城雅之 田近年則)

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